校長ブログ
『長い豚の話』とSF思考
2024.03.30
トレンド情報
3月30日
『道化師の蝶』で芥川賞、『文字渦』で川端康成文学賞、『Self-Reference ENGINE』でフィリップ・K・ディック賞特別賞を受賞された円城塔さんが書き下ろした『長い豚の話』という小説では、人間に食糧を供給する奇妙な生物が未来の姿を語り、さらに、北極圏への移住から気候制御やロボットの恋などが描かれています。
ストーリーの展開としては、気候変動による砂漠化や海面上昇によって、温暖化が進み、地球上に人類が暮らせる場所が減っていく時代、人類の新しい居住地となっているのが北極圏という設定です。人間の生活空間を支えるのは最先端のテクノロジー。登場人物であるアキツは人間が生活するための技術開発の仕事に携わりながら、娘と暮らしています。
アキツは、光合成と太陽電池をつなぐ研究をする分子生物学系のエンジニアであり、北極圏への移住に応募します。日本は多重国籍を認めないので、日本人ではなくなっています。アキツの娘の名はヤマト、漢字はありません。多国籍の人がつくった街ではコミュニケーションの手段は英語です。ヤマトは英語が流暢ですが、日本語はぎこちなさが残り、スペイン語と中国語の音は聞き分ける程度。日本語は主に、コミックとアニメーションとゲームから情報を得るために使っています。翻訳だけでは細かなニュアンスが出せず、AIが入り込めないところなので、将来はそうしたコンテンツの翻訳者になりたいと考えているとか...。日本には友人がおり、チャットで学校生活について情報交換しています。
アキツの同僚は、日本文化として残るのはマリオとキティくらいと言っていますが、マリオはイタリア系、キティは猫と返すと、キティは猫でなく、二本の足で歩くキャラクターと反論してきます。面識はなく、日本語でコミュニケーションしているものの、聞こえてくるのは、通訳AIを通じた人工音声だけ。パーティで初めて会ったとき、二人は相手が自分の操る母語を全く理解していないことに気づき、驚きます。相手の英語は、ヤマトの操る日本語を連想させてくれるものの、情報量が多すぎてアキツには押しつけがましいと感じられます。その場面に直面したアキツは、日本にいる祖父母にヤマトを直接会わせておくべきだと考えます。
アキツは、精子や卵子を保管する施設である配偶子バンクのことが頭に浮かびますが、ヤマトのもう一人の遺伝上の親については思い出すことはありません。そして、自分の仕事が生み出すカロリーと子供が成人するまでのカロリーを計算したり、地球上の全員が天寿を全うするまでにどれくらいのカロリーが必要かを概算したりしています。
奇想天外な着想のプロットですが、最先端のテクノロジーに支えられた時空間の中で、科学文明、動物倫理、人間存在など、SFの発想で未来を予測し、現在を逆算するSFプロトタイピング(未来検証)の萌芽が見られます。