校長ブログ

文楽研究

2024.02.24 教科研究
2月24日

 今年は人形浄瑠璃や歌舞伎で有名な近松門左衛門の没後300年、文楽ではゆかりの作品が相次いで上演されています。(本校でも毎年、国立文楽劇場で鑑賞させていただいています)近松と言えば、町人社会を舞台にした世話物が有名であり、決まって優柔不断な主人公が登場します。人形遣いの立役たちは、優男の心情を的確に捉え、人間の本質にアプローチされています。

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 人間国宝の太夫、竹本住太夫氏は『文楽のこころを語る』(文芸春秋)の中で、近松作品の詞章は字余り字足らずが多く、七五調に整えられていない点を踏まえ、「語りにくい。突っ込みすぎてもいかんし、というて、突っ込んで語らなんだら、平々凡々になってしまいます」とおっしゃっています。

 また、『冥途の飛脚』淡路町の段を勤めた鶴澤燕三氏は、三味線と太夫の音階がかけ離れているため、予定調和にならず、太夫を聴いてから弾くのでは遅いと述べられています。文楽はそれほど高度な技能を必要とするのです。

『心中天網島』は、妻子ある紙屋治兵衛が遊女の小春と心中の約束をしたものの、本当は心中したくないと語るところを盗み聞きし、逆上して刃を差し込むというストーリー。治兵衛を演じた人形遣いの吉田玉男氏は、刀を扱う所作では武将との違いを意識しているとのこと。ご自身が70歳になり、治兵衛への哀れみと共感を感じているそうです。

 吉田氏は、『曽根崎心中』では、徳兵衛を演じています。徳兵衛は醤油や屋の手代であり、独身。若くて無邪気、心中相手のお初に対しても、素直に愛情を表現できません。しかし、お初と徳兵衛が茶屋から逃げ出す場面など、ところどころで女性を優先する優しさが見られます。登場人物の感情をどれだけリアルに演じきるかは、人形遣いの腕次第。床本を読み込み、役所をいかにおさえるがポイントになるのです。

 優男の柔らかい演技や演出を「和事」、荒々しく豪快な演技や演出を「荒事」と言うそうです。和事の典型である近松の世話物は、人間関係が精巧に描かれており、主役だけでなく脇役、端役も感情表現が難しく、いかに感情を的確に評価するかが重要なのです。

 関西国際大学で『日本文化論』の特別講義をされた桐竹勘十郎氏は、生活様式が変わり、人の情や義理といったものが希薄になると作品そのものが伝わらなくなるのでないかと危惧する一方、作品世界は、観客にとって多様な捉え方があるものの、同じような事件が起きている現代社会と重ね合わせることができ、その魅力は輝き続けると思いたいと言われています。時代は変われど、文楽は人間の普遍的な心理を映し出す鏡になっていることは事実。日本の代表的な伝統文化を世界に向けて発信していきたいと思います。